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TechNetJapan今、皆さんがお使いになっておられるコンピュータ、今年(1997年)がベル研究所でトランジスターが発明されて50年目です。そこで、このページを利用して過去50年間のマイクロコンピュータの歴史を1947年から1996年までをまとめる特別企画をしてみました。作成開始から7ヶ月かかりましたが、なんとか11月28日にまとめあげることができました。何かのご参考にしていただければ幸いです。
PSP設立10周年記念
1997年4月18日作成開始 - 11月28日完成
1947年〜1976年 マイクロコンピュータの誕生
1977年〜1979年 初期のマイクロコンピュータ
1980年〜1982年 パーソナルコンピュータの誕生
1983年〜1985年 パーソナルコンピュータの標準化
1986年〜1987年 IBM PC 互換機の台頭
1988年〜1990年 新世代コンピュータの登場 32ビット化
1991年〜1993年 パーソナルコンピュータの熟成
1994年〜1996年 コンピュータ業界困惑の時代
第一回目
1947から1976の30年
マイクロコンピュータの誕生
1947年 12月、すべてがここからはじまった。 ベル研究所の3人の科学者、William Shockley (1910-1989), Walter Brattain (1902-1987), John Bardeen (1908-1991) がポイントコンタクト トランジスター アンプ の発明を発表
翌年、ベル研究所の3人がトランジスターの特許を申請、それが認められる。
1952年 英国ロイヤルレーダーエスタブリッシュメントのレーダー技師 G. W. Dummer が、固体を利用した電子回路を作る研究を発表、配線を利用しないトランジスターの原理を紙上で作り上げる。
1954年 5月、テキサスイントルメンツ社が、商用ベースでシリコントランジスターの製造を開始する。
1955年 William Shockley が、カリフォルニア州パロアルトに Shockley Semiconductor を設立する。
William Shockley (1910 - 1989)
ロンドンに生まれ、パロアルトに育つ。マサチューセッツ工科大学から 1932 年に Ph.D.を受け手 1936 年ベル研究所に勤める。1955 年にベル研究所を退職、Shockley Semiconductor Laboratory を設立する。Shockley Semiconductor Laboratory を閉鎖後はスタンフォード大学の教授として余生を送る。
1956年 John Bardeen, Walter Brattain, William Shockley の3人にノーベル科学賞が送られる。
1957年 Shockley Semiconductor の8人のエンジニアが William Shockley の経営方針と対立して独立 フェアチャイルド・セミコンダクタ社を設立する。
1958年 テキサスインストルメンツ社が世界初の集積回路 integrated circuit のデモンストレーションをおこなう。
1959年 7月、フェアチャイルド・セミコンダクタ社が、トランジスター製造に関する新技術 Planar Process に関する特許を申請。これにより フェアチャイルド・セミコンダクタ社が、集積回路の製造で他社を制圧することになる。 同年、フェアチャイルド・セミコンダクタ社とテキサスインストルメンツ社が集積回路の発表をおこなう。
1960年 IBM社が世界初の全自動トランジスター製造プラントをニューヨークに設立する。
1961年 フェアチャイルド・セミコンダクタ社が商業ベースで集積回路の製造を開始する。
1962年 6月、テレタイプ社が、マイクロコンピュータ用IOデバイスとして使用するためのパンチテープデバイス モデル33 の出荷を開始する。
同年 Ivan Sutherland が、Sketchpad と呼ばれるグラフィックスシステムを作成する。
1964年 Dartmouth 大学で John Kemeny と Thomas Kurtz によってBASIC言語が開発される。 同年、テキサスインストルメンツ社は集積回路に関する特許を受けることになる。これによって、今でも集積回路を作る会社は統べてTI社に特許料を支払うことになる。
1966年 5月、Steven Gray によって Amateur Computer Society という世界初のユーザーグループが設立され、ACS Newsletter が発行される。多くの人はこれがパーソナルコンピュータの誕生と呼んでいる。
1967年 6月、ニューヨークで初めての コンスーマーエレクトロニクショー CES が開かれる。 同年 IBM は、フロッピーディスクを発明する。
1968年 同年秋、スタンフォード・リサーチ・インスティチュート Douglas C. Engelbart 氏が、サンフランシスコで開催されたジョイント・コンピュータ・カンファレンスでキーボード、キーパッド、マウス、ワードプロセッサ、ハイパーテキスト、ネットワークといったビジョンを発表する。
同年、Robert Noyce (1927/12/12 - 1990/6/3) と Gordon Moore (現在
社会長 写真) がフェアチャイルド・セミコンダクタ社を離れ
を設立する。また、Ed Roberts と Forest Mims は、Micro Instrumentation Telemetry Systems (MITS) を設立する。
1969年 5月、Advanced Micro Devices 社が設立させる。 同様フェアチャイルド社からのスピンアウト。
同年10月、日本のビジコン社エンジニアが
と電卓用ICの設計のために渡米、
はこの契約に基づいて電卓用のICの設計をおこなう。このICが
最初のマイクロプロセッサ4004となる。
同年、
は1KB RAMチップの生産を発表する。
同年、レイクサイド・プログラミング・グループの Bill Gates と Paul Allen は、コンピュータ・センター社との契約でPDP−10コンピュータ用のソフトウェア開発を、PDP−10コンピュータを使わせてもらえる権利と引き換えに請け負い、ソフトウェア開発者としての活動を開始する。
同年、
は、Palo Alto Research Center (PARC) を開設する。
1970年 12月、"Single Chip Integrated Circuit Computer Architecture" と呼ばれるマイクロプロセッサの基本特許を Gilbert Hyatt がファイルする。 同年、レイクサイド・プログラミング・グループの Bill Gates と Paul Allen は、インフォメーション・サイエンス社からプログラミングの契約を受け活発に開発の活動を続ける。
同年春、
内で4004マイクロプロセッサの設計が開始される。このプロジェクトのインテル側責任者は、Federico Faggin 氏(現在 Synaptics 社代表取締役)。同年、4004マイクロプロセッサは完成する。
同年、
は世界初のDRAMチップ1103を開発する。
1971年 2月、 はビジコン社に最初の4004マイクロプロセッサを出荷する。
6月、テキサスインストルメンツ社 Gary Boone が、シングルチップコンピュータに関する特許を申請する。
11月、インテルが死活をかけてビジコン社と開発した4004マイクロプロセッサの出荷が開始された。4ビットバス、108Khzで4ミリ四方、1秒間に6万の命令を実行することができたマイクロプロセッサは当時$200の価格で出荷された。また、
は4004マイクロプロセッサ、4001ROM、4002シフトレジスタチップを使ったMCS−4と呼ばれるマイクロコンピュータを出荷した。
同年、
はビジコン社に4004に関する契約を見直しを要求、4004マイクロプロセッサの自由な販売権利を取得したいと活動を開始する。
同年 National Radio Institute が世界初のコンピュータキットを$503で発売する。
同年、Kenback Corporation が Kenback-1 と呼ばれる
製1KB MOSメモリを使ったコンピュータを$750で販売する。
同年、Niklaus Wirth (Institute for Computersystems Eidgenossische Technische Hochschule (ETH) Zurich) が Pascal 言語を作り出す。Niklaus Wirth は Modula 言語の開発者でもある。
同年、IBMが8インチのプラスチックディスクに酸化鉄のコーティングをした媒体にデータを記憶させる装置としてフロッピーディスクを商品化して出荷する。
同年、ワングラボラトリ社が、Wang1200ワードプロセッサシステムの出荷を開始する。
同年、
は256ビットプログラマブルメモリ1101チップと256倍とイレーサブルROM1701チップの出荷を開始する。
1972年 4月、
は200KHzで稼働する世界初の8ビットマイクロプロセッサ8008を開発する。このチップはコンピュータ・ターミナル・コーポレーション(現在のデータポイント社)の依頼によって開発されたもので、16KBのメモリ領域を持った3500のトランジスタを集積したものであった。
8月、Scelbi Computer Consulting 社が、Scelbi-8H マイクロコンピュータと呼ばれるコンピュータの設計を開始した。
11月、ATARI 社が Nolan Bushnell によって設立され、Pong と呼ばれる商用のビデオゲームが出荷される。
同年、テキサスインストルメンツ社がTMS1000と呼ばれる1チップ4ビットマイクロコンピュータを発表する。
同年、ナショナルセミコンダクタ社がIMP−16マイクロプロセッサを発表する。
同年、Gary Kildall が インテル4004用 PL/I を開発。
同年、 Bill Gates と Paul Allen は Traf-O-Data 社を設立する。8008ベースの道路状況をモニタリングするためのハードとソフトウェアを開発して販売する。
同年、5インチディスクが登場する。
同年、
は研究者向けのパーソナルコンピュータの研究・開発を開始する。この研究結果はAltoコンピュータになる。
1973年 1月、 は "memory system for a multichip digital computer" という表題で特許の申請をおこなう。
5月、フランスでインテル8008ベースのMicralと呼ばれるキット型でないコンピュータが作られ米国でも発売されるが売り上げは少なかった。
6月、Micralコンピュータのことを初めてマイクロコンピュータと呼び、以後小形のコンピュータをマイクロコンピュータと呼ぶようになる。
同年、Gary Kildall (1932 - 1994) によって PL/M 言語を基礎としたオペレーティングシステムが登場する。CP/M (Control Program/Monitor)の誕生である。Gary Kildall は、Digital Reserach 社の創立者。
同年、ヒューレットパッカードに Stephen Wozniak が加わる。Stephen Wozniak は、オリジナル Apple I コンピュータの設計者。数年後 Steve Jobs とともに
Apple Computer 社を設立することになる。
同年、Gary Kildall がインテル8008用にCP/Mを移植する。また、
のコンサルタントとしての活動も開始する。
同年、IBMが安価なディスクとディスクドライブを開発・出荷する。
同年、IBMは3340固定ディスク装置(ウィンチェスター)の出荷を開始する。
同年、Bob Metcalfe (1979年に 3Com を設立する)が
PARC で Ethernet によるシステムの接続を可能にする。Bob Metcalfe はまた、InfoWorld Publishing Company の創立者でもある。
同年、
が研究・開発をおこなっていたパーソナルコンピュータ Alto が PARC で完成する。Small Talk 言語を搭載、マウスデバイスそしてイサーネットネットワークに対応したコンピュータは2000台しか製造されなかった。
1974年 4月、
は2Mhzの8080 8ビットマイクロプロセッサを発表、64Kのメモリ領域と6000のトランジスタを集積したものであった。このマイクロプロセッサの登場で、マイクロコンピュータのビジネスとしての生産が可能になったと言われている歴史的なチップであった。
6月、
は "memory system for a multichip digital computer" の特許が認められる。
9月、Alto コンピュータ用に Bravo と呼ばれる世界初の WYSIWYG システムが誕生する。
10月、Ed Robert は $360,000 の謝金の末、Altair コンピュータを完成させるための資金を集める。
11月、Hal Chamberlin が The Computer Hobbyist マガジンの創刊号を発行。
12月、Scelbi 社が Scelbi-8H キットコンピュータを安価で発売、ソフトウェアの開発を促進する。
同年、Popular Electronics 誌が MITS の8080マイクロプロセッサを搭載した Altair 8800 コンピュータを US$439 で販売すると報道、同誌のカバーにコンピュータを載せる。しかし、実際のコンピュータは完成していなかった。
同年末、Popular Electronics 誌 Les Solomon が Altair シリアル番号 0001 を受け取る。
同年、Southwest Technical Products 社が TVT-11 ターミナルを US$180 で発売、同時に ASCII キーボードキットは US$40。
同年、Microcomputer Applications Associates の Gary Kildall がインテル8080用のCP/Mを開発。
同年、モトローラ社が8ビットマイクロプロセッサ6800チップを発売。6800チップは、 Chuck Peddle と Charlie Melear の設計。
同年、Brian Kernighan と Dennis Ritchie がC言語を開発。
同年、RCA社が6.4Mhzの1802チップを開発。RISCチップの初期の形態が確立した。このチップはビデオゲームならびにNASAの人口衛星に採用される。
同年、デジタル社エンジニアの David Ahl は、$5000を目標に PDP−8 を生産することを社内で提案するが認められない。
同年、
は Alto コンピュータを発売。
同年、Gary Kildall と John Torode は、マイクロコンピュータ用のCP/Mディスクオペレーティングシステムの発売を開始する。
同年、Popular Electronics 誌出版者 Les Solomon の娘、当時 12歳の Lauren Solomon が Ed Robert が開発したマイクロコンピュータを Altair と命名する。Altair は、その夜放映された Star Trek が訪れた惑星の名前であった。
Popular Electronics 誌に送られた世界に1台の Altair プロトタイプを Railway Express(配送会社)が紛失する。
1975年 1月、Harry Garland と Roger Melen が Altair の2号機を受け取る。監視システムの制御に Altair と彼らが開発した Cyclops カメラを使用したシステムを開発するため。 2月、Paul Allen が Ed Roberts に Altair 用 BASIC インタープリタを紹介する。
Bill Gates と Paul Allen は、BASICを MITS 社にライセンスする。この言語が、世界で最初に開発されたマイクロコンピュータ用の言語であった。 3月、Ed Roberts は Paul Allen を MITS のソフトウェア部門のディレクターとして採用。
4月、Bill Gates と Paul Allen は、Micro-Soft を設立する。設立当初は Micro と Soft の間にハイフンがあった。
同月、MITS は Altair 8800 を US$375 で発売する。
同月、Bob Marsh と Gary Ingram は、Processor Technology を設立。
5月、The Amateur Computer Group of New Jersey 設立。
6月、MOS Technology 社が MC6501 を US$20、MC6502 を US$25 でそれぞれ発表。当時インテル 8080 は US$150。
同月、Bob Marsh は、Processor Technology 社から Altair 用 4KB メモリボードを発売。
同月、The Southern California Computer Society 設立。
同月、The National Computer Conference が、カリフォルニア州アナハイムで開催。
同月、Paul Terrell が北カリフォルニアにおける Altair の販売に関する契約を MITS と調印する。これにより、Terrell は北カリフォルニアで販売される Altair の売り上げの5%を MITS から受け取ることになる。
7月、Bill Gates と Paul Allen は、MITS と BASIC 言語に関するライセンス契約を結ぶ。
同月、Bill Gates と Paul Allen は、4K と 8K バージョンの BASIC v2.0 を出荷。
同月、Dick Heiser は Arrow Head Computer Company を設立、"The Computer Store" としてロサンゼルスでくみ上げた Altair の販売を開始する。
9月、
は 5100 ポータブルコンピュータを発売する。
同月、BYTE 誌創刊。
10月、MITS は MicroSoft BASIC 2.0 for Altair 8800 をリリース。
12月、Paul Terrell は Byte Shop をカリフォルニア州マウンテンビューに開く。コンピュータ専門店として全米初。
同月、IMSAI は Ed Faber を営業部長として採用。
同月、Lee Felsenstein と Bob Marsh は、8080 ベースのキットではないコンピュータの設計と開発を開始する。
同年、IMSAI 社は、IMSAI 8080 マイクロコンピュータを発表。
同年、Bay Area Amateur Computer Users Group - Homebrew Computer Club 設立。
同年、Wavemate 社が Jupiter II コンピュータキットを発表。
同年、Southwest Technical Products 社が M6800 コンピュータキットを発表。
同年、Microcomputer Associates 社が JOLT コンピュータキットを発表。
同年、
社 John Cocke が小形コンピュータ用の "801" 汎用チップの設計を開始。
同年、Zilog 社設立。
同年、MITS は、モトローラ 6800-based の Altair の開発を開始。
同年、Sphere Corporation は、Sphere I コンピュータキットを発表。
1976年 1月、David Jackson が Altos Computer Systems を設立。 同月、Paul Terrell が Byte Shop のフランチャイズ化を開始。
2月、ディスクを媒体とする Altair 用 BASIC を MicroSoft が出荷開始。
同月、Lee Felsenstein と Bob Marsh は、Processor Technology Sol コンピュータを Popular Electronics 誌出版者 Les Solomon に送る。
同月、David Bunnell は、Bill Gates からのソフトウェアの違法コピー問題に関する苦情の手紙を出版する。
3月、Steve Wozniak と Steve Jobs は、のちに Apple I となるコンピュータの基盤の設計を終える。
同月、World Altair Computer Convention がニューメキシコ州アルバカーキーで開催される。
同月、Paul Terrell が Byte 社を設立。
同月、
は、5mhz の 8085 マイクロプロセッサを発表。
4月、Steve Jobs と Steve Wozniak は
Apple Computer 社を設立。設立は4月1日のエイプリルフールであった。
同月、National Semiconductor は、SC/MP 8-bit マイクロプロセッサを発表。
5月、Digital Research 社は CP/M の著作権保護を申請。
同月、Trenton Computer Festival がニュージャージーで開催。
6月、Western Digital は、MCP-1600 3-chip CPU を出荷。
同月、Texas Instruments は、世界初の16ビットプロセッサ TMS9900 を発売。
同月、Processor Technology 社は Sol-20 をアトランタで開催された PC '76 で公開。
7月、Apple I コンピュータボードの発売が開始される。価格は、US$666.66 であった。
同月、Paul Terrell は 50 台の Apple コンピュータを Steve Jobs から Byte Shop のために購入。
同月、Zilog は、2.5-MHz Z80 8-bit microprocessor を発売。
8月、Paul Terrell は 50 台の Apple コンピュータを受け取る。
同月、iCOM は "Frugal Floppy" を BYTE 誌で広告、8インチフロッピードライブには US$1200 の価格が付けられていた。
同月、Steve Wozniak は Apple II の設計を開始。
9月、Computer Shack 設立。会社名は Radio Shack からの苦情で ComputerLand に変更される。
10月、Commodore International が MOS Technology 社を買収。
同月、
のマーケティングブレーンだった Mike Markkula が、Steve Jobs のガレージを訪問
Apple Computers を視察する。
同月、Steve Wozniak は、当面 HP 社に残ることを決めるが、後になって
Apple Computer 社に移籍する。
11月、
(当時のロゴは1997年現在使用されている物とは別) というトレードマーク(商標)が登録される。
同月、ComputerLand はパイロットストアをカリフォルニア州ヘイワードに開く。本格的なフランチャイズ展開の開始。
12月、Bill Gates ハーバード大学を中退。
同月、Michael Shrayer は、世界初のワープロソフト Electric Pencil を開発。
同月、Shugart が 5.25 インチディスクを発表、価格は US$390。
同月、Don French と Steve Leininger に Radio Shack はコンピュータの開発を依頼。
同月、Steve Wozniak と Randy Wigginton は、Apple II のプロトタイプを Homebrew Computer Club のミーティングで発表。
同年初、Hewlett-Packard 社は、Capricorn プロジェクトとしてコンピュータのような機能を持った計算機の研究を開始。
同年、Advanced Micro Devices と
は、クロスパテント契約を結ぶ。
同年、Fairchild は $170 のホームビデオシステム Channel F を発売。
同年、Processor Technology は VDM (video display module) を発売。
同年、Gary Kildall が Intergalactic Digital Research を設立。
同年、Kentucky Fried Computers 設立。
同年、Tom Snyder のテレビショー "Tomorrow" で Sol で "Target" と呼ばれるゲームをしているところが放映される。
同年、U.S. Robotics がイリノイ州スコーキで設立。
同年、MOS Technology が 6502 microprocessor を出荷。6502 は Chuck Peddle の設計によるもの。
同年、MOS Technology は KIM-1 Microcomputer System を発売。
同年、MITS は Altair 680 を発売。
同年、Steve Wozniak は Hewlett-Packard、Steve Jobs は Atari にパーソナルコンピュータを提案するが、跳ねられる。
同年、Warner Communications は、Atari を Nolan Bushnell から US$2600 万ドルで購入。
同年、George Morrow が MicroStuf を設立。
同年、Dr. Dobbs 創刊
同年、IMSAI が IMSAI 8080 の出荷を開始。
同年、Polymorphic Systems が Poly-88 の出荷を開始。
同年、Altair のバスが S-100 と命名される。
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